みなとまち読書クラブ

良質なサードプレイスを構築する

26「夜更けより静かな場所」 岩井圭也(著)

 都会の片隅でひっそりと営業する古書店。およそ1か月おきの深夜12時に6人の男女が読書会のために集まり、指定された1冊の本について感想を語り合う。ジャンルとして海外文学、絵本、時代小説に詩集あり。そこまでは想像の範疇だったが、最後の2人いや正確に言えば1人に関して完全に虚を突かれた。

 

 さて読書は基本的に一人で完結するものである。だからこそ他人と内容を共有・吟味することは刺激であり、そこに付随する会話や談笑は知的交流として印象に深く残る。本作における読書会にも休憩所、避難所など幾つかの役割を見出せるが、本について語り合う集まりが友人とも違うが、かと言って知人と呼ぶには白々しいレベルの交流にまで到達していることがうなづけた。

 

 と言うのも不要不急の外出に自粛が求められていた数年前、私は流行の間隙を縫い読書会を対面で開催していた。主宰者としてオンラインではない実際の対面は、不急ではあっても不要ではないと感じていた。さらに言えば不急だと言って、会うことを先延ばしし続けると人間関係のつながりはいつのまにか不安定になる。日々の暮らしに余裕がなく読書会を休会していたが、ここらで再開してみようかと思う。

25物語を知る順序で変わりうる背景 「N」道夫秀介

 独立した6章から構成されている本作は、読む順の制約を受けずに1×2×3×4×5×6=720通りの読み方ができるという触れ込みを見て興味を惹かれ読んだ。ただ実際には一通りの読み方しかまだしていない。ところで結果として完成される全体像が同一なら読む順序を選択できるとことは画期的な仕掛けであると言えるのか。   

 むしろ本作の示唆は同じ町を舞台とする独立していたはずの6つの物語に俄(にわ)かに否応なく浮上する関連性に秘められていると感じた。

 例えば時空間が断絶されたAとCのどこか似通った物語を埋めるミッシングリングBのスパイスに気付けるか。またDの物語を知った時に従前の情報に錯誤があることが判明しトリックを破ったように真相に至ることもある。

 

 そもそも現実の世界で何かを探索するとき、得られる情報は時系列ではないし、主観的かつ断片的なものである。それをどう組み合わせるかで見える姿も千変万化しうる。構成の妙を本作は問う作品だと言える。

 

 ところで先日の参議院議員選挙は既存勢力の凋落と新興勢力の台頭が目についた。いずれ小なるものが集合されるのだろうが、小さな成果を追う代償に政治的な大志を失わないように。

 

 

 

24考察の考察に楽しみがある「ドールハウス」矢口史靖(監督)

 実寸の12分の1の縮尺たるミニチュアの家を本来ドールハウスと呼ぶ。そして、そこに「合わせ鏡」を配したためにに魔が差し始める話が「営繕かるかや怪異譚 参」に収録されている。

 

 いつからか怖いだけの怪談を詰まらないと感じるようになった。5w2hが違っていても構成に工夫がないと言おうか、怪奇がなぜ起こるのかという点は理解できても、どう怪奇を収束させるのかが不明だと起承転結の結が欠如していると言おうか。その点、かるかやは仕舞いをしっかり描いているところが精神衛生上よい。

 

 さて「ドールハウス」を見てきた。映画を見終わった時点では???だったのだが、インターネットで他者の見方を知ることで??くらいに、見方が近いと思った方とコメントの応酬をする中で?くらいまで得心できた。もっとも最後の?は埋めなくてもよい謎なのかもしれない。

 映画のラストシーンは夫婦の生死も含めて不可解な点が多いが、両親には娘が見えていて、いや見えているからこそ安全を確保するために気が付かないふりをしたという解釈が生じた瞬間、実際の筋は不明ながらも一人では到達できなかった幅のある見方が成立したと納得した。ラストの考察が興味深い作品。

23.生きるとは、平和とは何かを問い続ける勇気「あんぱん(上)」中園ミホ著

 終戦から80年目の夏を迎えようとしている。東ヨーロッパや中東、そして東アジアにもきな臭い世界情勢がある。そのような中はたして、この国で普段から平和を考えている人はどれほどいるのか。また例えば私が特殊な思想的結社に所属することなく国際平和に貢献したい場合、どう行動をすればよいのか。正直、分からない。

 

 タブーと言おうか「戦争責任」を問うことは今でも一般にしにくい。当時の対戦国を悪とすれば戦争は是だったとするロジックを導けるが、そこに逆転しない正義はあるのか。敗戦を時運の赴く結果とすれば、未来にもなりゆきで戦争が起こる可能性がある。戦争と敗戦で多くの国民が味わった日常的な苦しみを描き、末永い平和を希求することは作家に相当の覚悟が要求される。

 

 本作では、はちきんのぶが活発な少女として成長し、多少の疑問を抱きながらも愛国の鑑(かがみ)たる教師になり、敗戦で失意を覚えつつ新たな一歩を踏みだそうというところまでが描かれている。

 

 ところで著者は運命学に精通している。国家の運命を長期的・周期的視点で観察し、現状の因果律から未来を理性的に洞察するとき希望はあるのか。80年先の日本も平和であるように願う。

22折り合いをつける知恵「営繕かるかや怪異譚」小野不由美(著)

 コロナ感染症の影響が過去のものにつれマスクをする人の姿も減り、世の中が陰に通じていた気配が薄れてきてはいる。が気を抜けば闇バイトやブラック企業など平凡な人さえ闇落ちしてしまう怖さはあるし、来月7月5日に大災難が起こるというデマは私の職場でも話題にのぼった。非科学的な観測が実際に台湾や香港からの訪日客数に影響を与えているのはやはり異常だと感じる。

 

 もし何も起こらなければ読み手の不安を刺激して一稼ぎした輩は、外した報いをどう受けるのだろう。あるいは過ぎたことは知らぬ存ぜぬを通すのか。警告を強調しながらもSNS上ではアクセス稼ぎを目的としたスピリチュアル関係も多い。

 

 さて、もし自身が看過できない怪異に見舞われたらどうすればよいか。ただただ翻弄されるしかないのだろうか。ここでせめて日常に問題が発生しない程度にまで影響を緩和させられれば良いのではという考えが浮かぶ。

 

 特に家が異変と通じた場合、消耗感は著しいものになる。引っ越したくてもすぐにはできない、一刻の猶予もままならない、そんなとき本作の尾端青年のように的を得た対症療法が気休めになる。余談ながら巻末の宮部みゆき氏による解説が秀逸であった。

21.節制の大切さ「欲望100個書いてみた 派遣女子から年商20億」 小田桐あさぎ(著) /高坂ゆう香(著)

 頑張っているのに報われないという想いを持つ著者が実業家としての成功をおさめるまでをマンガで著した一冊。

 本書を手に取った時に「使命は自覚した時から動き、かつ自ら設定可能」という意味の短文を見つけ読み始めた。なおタイトルは著者の成功の核心と察せられるが本文と結びついてはいなかった。       

 だが私自身も欲望を100個書いてみたという点で刺激があった。実際に書き出してみるとスラスラと出てこなくなる段階がある。それでも制限はないと自分に言い聞かせて書き連ねると「自分は本当はこう望んでいたのか」と感心したものも浮上してきた。

 思うに人の渇望は底知れない。ただし俗物的なそれも書き出すことで冷静に俯瞰できるメリットがある。そして諸欲がひたすら実現されることが幸せなのかという哲学的な問いも浮上する。
 留まるところを知らず、もっともっとと欲望を求め続けることはウルグアイホセ・ムヒカ元大統領を引き合いにすまでもなく貧しい心の在り方だ。SNSなどでは収入自慢をする人も多いが、財力と幸福・人格は等式で結ばれない。
 されど修正は後からいくらでも利く。まずは正直な自分の望みを100個書き出してみることがおすすめだ。

 

20.「実は、拙者は」

 給料前の財布からお札を取り出すまでもなく、一枚の薄っぺらな紙切れにさえ表と裏があるのだから、世知辛い世を生きなければならない人間は多面体であって当たり前であろう。

 30か100かは別として友人・知人の数だけ別の顔を持つ人もいるだろうし、出入りするコミュニティーに応じてまるでカメレオンのように人格を使い分ける人もいるかもしれない。かくいう私も職場で上に対して見せる態度と、同僚や他部署に見せるそれとは多分違うものだ。かと言って誰に対しても同じ対応がよいかというと否であり、ただ良し悪しと言うより使い分ける顔が多くなればなるほど疲れるだろうなと察せられる。

 さて本作の主人公は独り身の長屋住まい男性として登場する。そこそこ気ままな日常だ。稼ぎにそう恵まれている訳ではなく、これと言った才や容姿もないが、少しばかり世知に長け、いくらか人の懐に入るのがうまい。そのしがらみの少なさは彼に多くの顔を持たせない一要因になっている。自分の周囲に暮らす人たちもありきたりの市井に暮らす人たちばかりだと思っていたが、ところがどっこい。ラスト、思わぬ相手からの誘いを面倒ごとは御免だと断れる飄々とした潔さがよい。