実寸の12分の1の縮尺たるミニチュアの家を本来ドールハウスと呼ぶ。そして、そこに「合わせ鏡」を配したためにに魔が差し始める話が「営繕かるかや怪異譚 参」に収録されている。
いつからか怖いだけの怪談を詰まらないと感じるようになった。5w2hが違っていても構成に工夫がないと言おうか、怪奇がなぜ起こるのかという点は理解できても、どう怪奇を収束させるのかが不明だと起承転結の結が欠如していると言おうか。その点、かるかやは仕舞いをしっかり描いているところが精神衛生上よい。
さて「ドールハウス」を見てきた。映画を見終わった時点では???だったのだが、インターネットで他者の見方を知ることで??くらいに、見方が近いと思った方とコメントの応酬をする中で?くらいまで得心できた。もっとも最後の?は埋めなくてもよい謎なのかもしれない。
映画のラストシーンは夫婦の生死も含めて不可解な点が多いが、両親には娘が見えていて、いや見えているからこそ安全を確保するために気が付かないふりをしたという解釈が生じた瞬間、実際の筋は不明ながらも一人では到達できなかった幅のある見方が成立したと納得した。ラストの考察が興味深い作品。